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大阪地方裁判所 昭和30年(行)16号 判決 1958年10月06日

原告 不破卯三郎

被告 大阪南税務署長

主文

原告の本訴のうち、金員の給付を求める部分を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が原告に対してなした昭和二三年度第二期第三期所得額を金三、〇〇〇、〇〇〇円とする賦課更正決定はこれを取消す、被告は原告に対し金二、七八八、三七七円五〇銭及び内金二、四〇〇、〇〇〇円に対する昭和二四年九月一九日から、残額金三八八、三七七円五〇銭に対する昭和二四年一一月一九日から各支払済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

(一)  訴外寺尾善之助は大阪市南区難波新地二番丁七番地旧館パオンにおいて、パオンなる名称で昭和二三年二月以来、社交喫茶を経営していた。

(二)  一方原告は同所同番地の別棟である新館パオンにおいて、同年一〇月一八日から同年一二月末日まで純喫茶営業をなしていた。

(三)  ところが寺尾は、脱税の目的で、旧館パオンの営業は原告のものであると詐称し、原告名義の印章を偽造し、原告名義で擅に右社交喫茶は「原告の営業につき寺尾善之助に対する所得決定を取消し、原告に課税せられたい」旨虚偽の不服申立及び確定申告をなし、被告をして原告に対し、昭和二四年二月、昭和二三年度第二期、第三期の所得額を金三、〇〇〇、〇〇〇円とする旨の賦課更正決定をなさしめるに至つた。

(四)  原告は昭和二四年二月二八日、被告から前記更正決定を受領してはじめて右事実を知つたので、同年三月二三日付内容証明郵便で大阪財務局長に対し、右更正決定に対する審査の請求をなしたが、これに対しては今日に至るまで何等の決定がない。しかるに被告は原告に対し金二、七八九、〇〇〇余円の租税徴収権ありとなし、原告の財産に執行するに至つたので、原告は巳むなく昭和二四年九月一八日までの間に一六回に亘り合計金二、四〇〇、〇〇〇円を被告に支払い且つ同年一一月一八日差押物件を搬出せられんとした際、金三八八、三七七円五〇銭を被告に支払つた。

(五)  以上のとおり本件更正決定は寺尾の虚偽の確定申告に基くものであつて、原告の意思に基くものではないから無効である。仮りに右事実が本件更正決定を違法ならしめるものでないとしても、右更正決定は旧館パオンの営業者でない原告に右営業による所得に対する事業税又は所得税を賦課するものであつて、無効である。

よつて被告に対し、本件更正決定の取消と、原告の納付した金二、七八八、三七七円五〇銭及び内金二、四〇〇、〇〇〇円に対する昭和二四年九月一九日から、残金三八八、三七七円五〇銭に対する同年一一月一九日から各支払済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと陳述し、

被告の主張に対し、本件更正決定は旧館パオンの営業を原告のものと誤認し、右営業のみの所得に対して課税したものであつて、被告の主張するように雑貨小売、社交喫茶、家屋等の賃貸による所得を調査した結果と比照して更正せられたものではない。

なお原告が営んだ新館パオンの営業は試験的になされたものであつて、昭和二三年一二月末日をもつて廃止したが、金三〇、〇〇〇円以上の欠損となつたものであると陳述した。

(証拠省略)

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の(一)(二)の事実及び(三)の事実中原告名義の昭和二三年度分確定申告書の提出があり、これに対し被告が昭和二四年二月、原告の昭和二三年度分所得を金三、〇〇〇、〇〇〇円と更正したこと、右確定申告が原告の意思によるものでなかつたことはこれを認めるが、その余の事実は不知、(四)の事実の中、原告が前記更正決定に基く所得税額二、一二四、〇四五円、同加算税額八四、三四三円五〇銭、同追徴税額四六八、五七五円の中、合計金二、四〇〇、〇〇〇円を原告主張の期間に分割納付し、残額及び延滞金合計金三八八、三七七円五〇銭を原告主張の日時に完納したことは認める。

原告に対する課税の経過は次のとおりである。

昭和二四年二月一四日被告に対し原告名義で昭和二三年度分所得税確定申告として所得金額を五二一、七三四円、基礎控除額を一〇、三二五円、課税所得金額を五一一、四〇九円、扶養控除額(税額控除)を金一、一九五円、所得税額を金二四九、七二〇円とする申告書が提出された。右申告にかかる所得額は、被告の調査結果に比し著しく少かつたので、被告は昭和二四年二月被告の調査結果に従い、原告の所得金額を三、〇〇〇、〇〇〇円、所得税額を二、一二四、〇四五円、同加算税額を八四、三四三円五〇銭、同追徴税額を四六八、五七五円と更正し、同月二〇日頃これを原告に通知した。

もつとも、後に判明したところによれば、前記原告名義の確定申告書は寺尾善之助が原告の意思によらずして作成提出したものであり、原告は何等の確定申告もしていなかつたのであるから、被告としては、本来昭和二四年法律第七八号による改正前の所得税法第四六条第二項(以下引用の法条は右改正前のものである)に基いて、被告が調査したところにより、直接所得金額、同税額等の決定をなすべきであつた。しかしながら、当時被告は寺尾が原告名義を冒用したことを知らず、原告から確定申告があつたものと考えたので、これを原告の営んでいる雑貨小売、社交喫茶、家屋等の賃貸による所得等について被告が調査した結果と比照した上、右確定申告に相違あることを認め、右被告の調査結果に従い、同条第一項の規定に基き、前記のとおり更正したのである。

そして所得税法第四六条第一項の更正処分と同条第二項の決定は、いずれも認定による所得金額等の決定として同一の課税処分であるから、無申告の決定をすべき場合に更正決定をなしたとしても、納税義務者に何等の不利益を与えることもなく、確定申告なくしてなされた本件更正処分は有効である。

また仮りに被告が寺尾経営にかかる特殊喫茶旧館パオンを原告の営業と誤認して本件更正決定をなすに至つたとしても、原告は別表記載のとおり同年度中に雑貨小売、社交喫茶営業、家屋の賃貸等により合計金四、三六六、六五三円に達する所得を有するから、その金額範囲内でなした本件更正決定は違法ではないと陳述した。

(証拠省略)

理由

よつて先ず原告の本訴のうち、被告が昭和二四年二月になした更正決定の取消を求める部分について按ずると、原告主張の(一)(二)の事実及び(三)の事実中、原告名義の昭和二三年度分確定申告書の提出があり、これに対し被告が昭和二四年二月、原告の昭和二三年度分所得を金三、〇〇〇、〇〇〇円と更正したことは当事者間に争がない。

被告は昭和二四年二月二〇日頃右更正決定を原告に通知したと主張するけれども、これを認むべき確証がないから、原告がこれを受領したことを認める同月二八日原告に通知せられたものと認めるの外はない。そして成立に争のない甲第二号証によれば、原告は同年三月二三日付内容証明郵便で大阪財務局長に対し、前記更正決定に対する審査の請求をなしたことが認められるから、右審査請求書は、反証なき限り、その頃大阪財務局長に到達したものと推認すべきところ、これに対しその後何等の決定のなかつたことは、被告の明らかに争わないところである。

そして昭和二四年法律第七八号による改正前の所得税法第五一条第一項(以下引用の法条は右改正前のものである)は、審査決定に不服のある者は訴願をなすか、裁判所に出訴するか、何れかの方法を選択し得る旨規定するから、原告は訴願裁決の手続を経ることなく、直ちに裁判所に出訴し得るものと解するを相当とする。

ところで旧館パオンの営業が寺尾善之助のものであり、前記確定申告が原告の意思に基くものでなかつたことは、本訴において被告の認めるところであり、成立に争のない甲第三号証の一、二によれば、本件更正処分は、旧館パオンの営業を原告のものであると誤認し、右営業による所得についてのみなされたものであつて、原告が営んでいた他の営業による所得についてなされたものでないことが認められるけれども、本件更正処分の基礎となつた寺尾提出の確定申告書が原告名義のものであつて、このような場合被告としては、右は申告名義人がその営業にかかる所得について申告したものとして取扱うのを通例とするところ、被告が本件更正処分当時、原告名義の確定申告が原告の意思に基くものでないこと及び旧館パオンの言葉が原告のものでないことを知つていたと認むべき確証なく、しかも後に説明するごとく右旧館パオンの建物及び営業に必要な建物内部の家具什器類は原告の所有のもので、寺尾は原告からこれを賃借して社交喫茶を営んでいた関係にあり、以上説示の事情の下になされた右更正処分は当然無効のものではないと解すべきである。そして成立に争のない乙第一乃至第九号証(但し乙第一号証中の証人不破かおる、同西口三郎の供述記載部分、乙第四号証中の証人不破通夫の供述記載部分を除く)を綜合すれば、本件更正処分後、大阪財務局の査察の結果、原告は係争年度中に、原告の営む別表記載の営業によつて、(なお別表三記載の建物及び家具、休器類は原告の所有であつて、寺尾はこれを原告から賃借してパオンなる名称で社交喫茶を営んでいた。)別表記載のとおり合計金四、三六六、六五三円の所得を得ていたことが認められ、右認定に反する証人西口三郎、同不破通夫の証言、原告本人尋問の結果及び前記乙号証中の除外部分は直ちに採用し難いから、結局原告は本件更正処分の対象となつた旧館パオンの営業による所得こそ有していなかつたが、他の営業によつて、右更正処分によつて認定せられた金額以上の所得を有していたこととなる。

そして確定申告のない場合には所得税法第四六条第一項の更正処分によるべきではなく、同条第二項の決定によるべきこと疑がないけれども、この決定によるべき場合に同条第一項の更正処分をなしたとしても、納税義務者である原告がこれによつて認定された金額以上の所得税法所定の別表記載所得を他に有する以上、右更正処分は課税の内容及びその手続すべてについて、何等納税義務者に不利益を与えるものではないから、本件更正処分に取消原因に値する違法ありとは断ぜられない。

従つて原告の本件更正処分の取消を求める請求は失当として棄却を免れない。

次に原告の本訴のうち、原告が被告に納付した金銭の返還を求める部分について判断すると、このような訴については国をもつて被告となすべく、行政庁たる被告は当事者能力を有しないものと解すべきであるから、原告の本訴は、既にこの点において、不適法として却下すべきものである。

よつて民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岩口守夫 池尾隆良 倉橋良寿)

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